2026年1月10日土曜日

快晴のなか、粉雪降る高尾山を登り爽快!ケガに注意(マル夫)

  2026年1月3日(土)、西の空に満月を見て始発電車に乗って高尾山へ向かう。
 6時15分ごろに高尾山口駅に到着した。
 薬王院への初もうでや、初登山の方などが多数おりてきた。
 9割以上の方々がケーブルカーで向かうようで長い列が乗り場の前にできている。


 マル夫は勿論、歩いて山頂を目指す。
 なお、以下は思ったことや特にケガに注意ということに関して、若干長々と書いてゆくのでご了解ください。

 ケーブルカー乗り場の横の1号路を歩いて行く。
 ここを登る人はごくわずか。
 薄暗い林の中を登っていくと上から粉雪がちらほら降ってくる。
 昨夜の雪が林の葉っぱの上に積もっていてそれが風でちらほらと降りてくるようだ。
 幻想的な景色で気分は爽快!爽快!今日も一つ良いことがあったと思えてきた。


 歩きながら、山に林や森があるので、大雨が降っても洪水にならないというお話を思い出し自然保護の大切さを思い出した。
 さらに、(確か)気仙沼の海のカキをおいしくするためにその上流の山に木を植えてミネラルを多く含んだ栄養価の高い川の流れが海にそそぐようにした結果、大変においしいカキができるようになった、という記事を昨年の暮れに読んだことを思い出した。

 歩くと頭が活性化してきて色々な記憶が結び付いてくるというのを思い出した。


 ほとんどの方が私を追い越して登っていく。
 毎年、新年に高尾山の薬王院に登ろうとして確か十数年、昔は、半分くらいの方を追い越して登っていたのだが・・・今年の2月で喜寿、77になる。
 年とともに体力の衰えを感じ始める時期になったかとも思ったりする。


 ケーブルカーの降り場あたりで、日の出を見て写真を撮ったが、今一なのでここには載せない。
 ここから人が増え始め、薬王院に向かう人の流れをかなり追い越していく。
 普段から健康のために早歩きを心掛けているので、平坦な場所を歩く速さはいまでもまだ人並み以上である。

 薬王院を抜けて高尾山の登山路の入り口に山頂まで20分という立札があった。
 この辺までくると昨夜の雪が石畳の上で凍結してアイスバーン状になったところもあり、要注意。
 単独での登山なので自分自身のみが頼りである。


 登り道から下り坂になったところで石畳の上を歩いていたら、滑ってしりもちをついた
 両手、特に左手で滑るのを止めたが危ない!

 幸いにもズボンは富士山に登った時の丈夫なものだったので損傷がなく、両手には軍手をしていたので擦り傷もなかった。
 その後は、石畳のわきの土の部分、下から木の根や草の根が飛び出しているところを通った。
 靴は富士山登山時の登山靴なので地面のでこぼこなどにも問題なく対応できた。
 備えあれば憂いなし!前日に山の状況を調べて準備してきた効果が出た、と思った。


 立札から15分で7時半過ぎに高尾山頂についた。転ばないように注意してゆっくり歩いたつもりだが20分よりは早い。
 快晴の空の下、高尾山頂から360度に亘って雲がなく、素晴らしい景色。
 富士山も良く見えた。(上の写真、参照。)

 
 下山時に薬王院によって郭林新気功の仲間たちが今年もますますお元気になり、ご多幸であるようにお願いをしてきた。
 また、開運招福の守護矢を頂いてきた。

 下山の際には、ケーブルカーで降りようか、とも思ったが下山路の雪も解けてきつつあり、枝の突き出たでこぼこ道も耐えられる靴も履いていたので、気を付けながら歩いて降りることにした。
 途中、木の枝に積もった雪が解け始めて一部はボタン雪のように舞ってきてこれも美しい景色!
 
 ケーブルカー乗り場の横の登山路について通常の道のところに来た。山登りは下山が危ない。
 通常の道に戻るまで気が抜けないといわれていたことを思い出し、ほっと一息!
 ところが、道脇のサテンの入り口に、凍結注意としてゴザを店員が広げようとしている所でまた、滑ってしりもちをついた
 店員から大丈夫ですが、と言われたが問題はなかった。油断大敵!

 新年から2度も滑ってしりもちをつくとは、今年はケガに気をつけなさいという天の声か、ありがたいとも思った。
 備えあれば憂いなし!油断大敵!を心に刻んで1日1善で明るく楽しく過ごしていきたいと思いつつ帰路についた。
 

 昼前に自宅に戻って一休みした後、気分よくお雑煮の昼食。
 箱根駅伝の復路も見て、往路、復路における青学の驚異的な結果に驚くと共に普段からのトレーニング、鍛錬も大切だなと思った。

 ところが、夕方ごろから左手の手首やひじのあたりがズキズキと痛み出した

 妻に話すと骨折なら直後から痛むはずなので打撲でしょうと言われ、ロキソニンテープを患部に貼るように言われ、そうした。
 効き目は顕著だったが、翌朝は左手を動かすと痛みを感じて練功ができなかった。
 結局、2日ほど練功ができなかった
 今まで転んだりして練功できなかったことがなかった私としては、毎日練功のためには小さなケガにも注意と痛感した
(マル夫)

2026年1月6日火曜日

三心会最後の年功式を迎えて(Kazzy)

 年功賞受賞の皆さま、おめでとうございます。
気功は1年、3年、5年、10年……と年月を重ねるほどに、その心地よさや効果が感じられ「歩かねば」から「歩きたい」気持ちに変わっていくものです。
心身を柔らかく強く保つために気功をルーティンにして、一生歩いていきましょう。


 私事ですが、父が私と同じような齢に直腸がんになったが手術で完治したこともあり、軽く考えすぎていた。

50くらいの頃、責任の重い仕事を任され、きつい思いをしていたのがたたってがんになった。
手術をして一応これで治ったと思ったが、翌年、肝臓へ転移していると言われたのは堪えた。
肝臓への転移がんも手術できれいに取れたと主治医に言われたが、退院時、再発転移しないように薬を出してほしいとお願いしたが、そんな薬はないとのこと。

転移がんの手術で入院している時に、NHK第2(当時は教育TV)の「気功専科」を見た。
そこでは、帯津先生が郭林新気功はがんを治すのに有効で日本でも普及しようとして頑張っている、と説明していた。
NHKに電話して帯津先生の住所を聞いて出かけた。
帯津先生のところで萬田靖武先生のことを聞き、すぐに三心会に入会した(1993年)。

入会してやり始めた気功。
早稲田ではこの部屋の2つ分くらいの場所で生徒は20人くらいいた。
当時は仕事をしていたので毎週火曜日の昼、会社を抜けて三心会に通った。
その1で述べるように練功に励んだ結果、健康回復を果たした。
ただ、仕事をしていたので、たくさんある気功法のなかで次々と教えて頂くがうまくは覚えなかった。

1999年、会社を退職すると、萬田靖武先生から講師養成講座の受講を勧められた。
しかし講座は既に始まっており相当なブランクがあった。
このため、萬田先生から火曜日の朝に出てくるように言われて、ブランク分を個別指導での特訓を受けて講師になった。

皆さまにお伝えしたいことは大きく2つあります。

その1: 一日3時間練功しなさいと言われたが、仕事をしていたので平日は毎日1時間半程度しかできないが、土日に午前中3時間ほど練功した。
 週で平均すると一日2.5時間ほどになった。
 健康回復という大きな結果を出して講師になるきっかけとなった。
 仕事をしている方は、平日は1時間半程度練功ができるのが最大だろうが、土日の午前中などを活用して週平均の練功時間を増やすようにされるのをお勧めする。 

その2:三心会の講師になって、重症の方も含め、がんからの健康回復を目指す多くの方々のお手伝いをしてきた。
 その集大成として数年前に「がんに克つための」5原則をまとめて、オリエンテーションなど折々の機会に紹介してきた。
 皆様方、特に現在も闘病中の方々は次の3つは心に刻んで健康回復、維持・増進に励んで下さい。

★“絶対がんに克つ!”という強い信念を持つ。
★≪気功≫をがんと闘う武器とする。 
  ≪気功≫は唯一自分で出来ること。
★  生活の在り方を見直す。
(「がんに克つための」5原則は、郭林新気功協会のホームページの「郭林新気功紹介」に掲載中)
 

 最後になりますが、自主運営教室がスタートすることで、新教室の皆さまの三心(信心、決心、恒心)が今まで以上に強くなられ、ますますお元気な日々を過ごされますよう祈念いたします。
(Kazzy)

2026年1月1日木曜日

郭林新気功を日本へ:萬田紀子先生とのお話(三心会有志)

 主人は(元代表)は理工学部出身。
そして何事も一度やり始めたらやめられない人。
がんを相手にこの気功に取り組もうとすると膨大な知識や経験、資金が必要だということから、頑張ってきたお仲間達の中には退いてしまった方も多くいたけれど、主人は郭林新気功の研究を続けました。
私達夫婦は郭林先生の人類愛に心を捉えられてしまったの。


中国の董伯進先生には六年間毎年来ていただき、こちらからも何回となく北京に教わりに行ったわ。
中国NO1の宇大元先生や、大変な体験をされた何開芳先生にも来ていただき、マンスリーマンションを1ケ月借りてご指導いただきました。


特に思い出深いのは最初の頃、外国人は入国させないと外務省から話があったこと。
もうすでにホテルや気功の会場、パンフレットまですべて手配済みだったからとても困ったわ。
もう日にちが迫っているというのにピザが下りないといわれ、慌てて外務省に行き、何度もお願いしたけれど発行してくれない。
本当に涙が出てきて・・・それでも必死で抗議を続けました。
すると金儲けではないという熱意が伝わったのか、上の方が話を聞いて下さり、中国の老師と連絡をしていただいて無事入国出来ました。
今では考えられない事ね。


紀子先生の会員さんへの一言

健康回復するまでは、まず練功してください。
気功は自分がやって気づくもの、とにかく気功をする。
明るい気持ちでする事。
気功をやるから明るい気持ちになれます。
仲間同士で良い方向に高め合っていって下さい。
  (マル夫追記:年賀状のつもりで昨年まで会員だった皆様方へ向けて)