2026年1月6日火曜日

三心会最後の年功式を迎えて(Kazzy)

 年功賞受賞の皆さま、おめでとうございます。
気功は1年、3年、5年、10年……と年月を重ねるほどに、その心地よさや効果が感じられ「歩かねば」から「歩きたい」気持ちに変わっていくものです。
心身を柔らかく強く保つために気功をルーティンにして、一生歩いていきましょう。


 私事ですが、父が私と同じような齢に直腸がんになったが手術で完治したこともあり、軽く考えすぎていた。

50くらいの頃、責任の重い仕事を任され、きつい思いをしていたのがたたってがんになった。
手術をして一応これで治ったと思ったが、翌年、肝臓へ転移していると言われたのは堪えた。
肝臓への転移がんも手術できれいに取れたと主治医に言われたが、退院時、再発転移しないように薬を出してほしいとお願いしたが、そんな薬はないとのこと。

転移がんの手術で入院している時に、NHK第2(当時は教育TV)の「気功専科」を見た。
そこでは、帯津先生が郭林新気功はがんを治すのに有効で日本でも普及しようとして頑張っている、と説明していた。
NHKに電話して帯津先生の住所を聞いて出かけた。
帯津先生のところで萬田靖武先生のことを聞き、すぐに三心会に入会した(1993年)。

入会してやり始めた気功。
早稲田ではこの部屋の2つ分くらいの場所で生徒は20人くらいいた。
当時は仕事をしていたので毎週火曜日の昼、会社を抜けて三心会に通った。
その1で述べるように練功に励んだ結果、健康回復を果たした。
ただ、仕事をしていたので、たくさんある気功法のなかで次々と教えて頂くがうまくは覚えなかった。

1999年、会社を退職すると、萬田靖武先生から講師養成講座の受講を勧められた。
しかし講座は既に始まっており相当なブランクがあった。
このため、萬田先生から火曜日の朝に出てくるように言われて、ブランク分を個別指導での特訓を受けて講師になった。

皆さまにお伝えしたいことは大きく2つあります。

その1: 一日3時間練功しなさいと言われたが、仕事をしていたので平日は毎日1時間半程度しかできないが、土日に午前中3時間ほど練功した。
 週で平均すると一日2.5時間ほどになった。
 健康回復という大きな結果を出して講師になるきっかけとなった。
 仕事をしている方は、平日は1時間半程度練功ができるのが最大だろうが、土日の午前中などを活用して週平均の練功時間を増やすようにされるのをお勧めする。 

その2:三心会の講師になって、重症の方も含め、がんからの健康回復を目指す多くの方々のお手伝いをしてきた。
 その集大成として数年前に「がんに克つための」5原則をまとめて、オリエンテーションなど折々の機会に紹介してきた。
 皆様方、特に現在も闘病中の方々は次の3つは心に刻んで健康回復、維持・増進に励んで下さい。

★“絶対がんに克つ!”という強い信念を持つ。
★≪気功≫をがんと闘う武器とする。 
  ≪気功≫は唯一自分で出来ること。
★  生活の在り方を見直す。
(「がんに克つための」5原則は、郭林新気功協会のホームページの「郭林新気功紹介」に掲載中)
 

 最後になりますが、自主運営教室がスタートすることで、新教室の皆さまの三心(信心、決心、恒心)が今まで以上に強くなられ、ますますお元気な日々を過ごされますよう祈念いたします。
(Kazzy)

2026年1月1日木曜日

郭林新気功を日本へ:萬田紀子先生とのお話(三心会有志)

 主人は(元代表)は理工学部出身。
そして何事も一度やり始めたらやめられない人。
がんを相手にこの気功に取り組もうとすると膨大な知識や経験、資金が必要だということから、頑張ってきたお仲間達の中には退いてしまった方も多くいたけれど、主人は郭林新気功の研究を続けました。
私達夫婦は郭林先生の人類愛に心を捉えられてしまったの。


中国の董伯進先生には六年間毎年来ていただき、こちらからも何回となく北京に教わりに行ったわ。
中国NO1の宇大元先生や、大変な体験をされた何開芳先生にも来ていただき、マンスリーマンションを1ケ月借りてご指導いただきました。


特に思い出深いのは最初の頃、外国人は入国させないと外務省から話があったこと。
もうすでにホテルや気功の会場、パンフレットまですべて手配済みだったからとても困ったわ。
もう日にちが迫っているというのにピザが下りないといわれ、慌てて外務省に行き、何度もお願いしたけれど発行してくれない。
本当に涙が出てきて・・・それでも必死で抗議を続けました。
すると金儲けではないという熱意が伝わったのか、上の方が話を聞いて下さり、中国の老師と連絡をしていただいて無事入国出来ました。
今では考えられない事ね。


紀子先生の会員さんへの一言

健康回復するまでは、まず練功してください。
気功は自分がやって気づくもの、とにかく気功をする。
明るい気持ちでする事。
気功をやるから明るい気持ちになれます。
仲間同士で良い方向に高め合っていって下さい。
  (マル夫追記:年賀状のつもりで昨年まで会員だった皆様方へ向けて)



2025年12月27日土曜日

最後の三心会で、はがき書の文言やその心、会への思いなどを伺って(マル夫)

  年功賞を受賞された皆様、おめでとうございます。
 当日は会員の方々から功法指導講師ではないマル夫にまでも花束を頂き、ありがとうございました。
 自宅に花束を持ち帰ると妻が「あら花束をもらったの」と喜んでくれました。
 今も玄関に飾っています。
 
 マル夫は、三心会、康復会のブログ担当として、ここ数年来、年功賞授賞式・懇親会のブログの作成を担当して来ましたが、今回のはがき書の文言やその心、会への思いは、私自身の入会当初の頃を思い出し、今まで以上に印象に残りました。
 僭越かもしれませんが、それらについて率直な感想を以下に述べさせて頂きます。

 
Mackさん(1年功)の「今日が幸せありがとう」
 その心は毎日練功をしなくてはと気功(自然行功)を始めて1年10カ月、以前は義務的に行っていたが、最近は気功に行くのが楽しくなり、気功をすると気分がいい。「今日が幸せありがとう」はこの気持ちとのこと。
 
 このお話を伺って、マル夫も萬田靖武先生から入会時、「毎日練功しなさい」と言われ、更に教室でも別な先生から「毎日練功しましたか」と毎回言われてごく初めの頃は、なかば義務的に行っていたのが、だんだんと気分が良くなり、練功(自然行功)に行くのが楽しくなってきた頃のことを思い出しました。
 
 細かい話で恐縮ですが、今日「が」は、毎日、毎日、新しい朝が、新しい今日が来る、例えばラジオ体操の「新しい朝が来る、希望の朝だ・・・」のように、その今日を問題にしているのだろうと思い、感動しました。

 病気も含めてあらゆる悩みなどへの対処を述べた『道は開ける』には、第一に『今日、一日の区切りで生きよ』とあり、過去の苦悩や明日の心配とは縁を切れとありますが、それと共通する思いの印象です。
 
 また、「一人では続けられない」も全く同感です。私も入会当時、2人の重症の方がいて3人仲間で色々話したり激励しあったりしていたことを思い出しました。

 
のいちゃんさん(1年功)は、「この会に入って利害関係のない人間関係を持って、通常では出会えないような方たちと出会え、体を動かすのが楽しい」と仰っています。

 この言葉は、20年以上に亘って仕事をしながら一会員として戸隠合宿で他地区、他教室の方々とも同室で種々お話したり、康復会の年功式など折々の機会で新しい会員の方のお話を伺ったりしてきた私には全く同感です。
 

まゆまゆさん(3年功):「病気になり「友」のありがたみを強く感じております。新しい世界で大切な「友」ができました。」は、皆様からもよく伺う「仲間」のありがたさ、またそれを提供する会の存在の意義を感じます。

 
りりーwさん(3年功):「松」は体。「静」は心。心の持ち方、無心におおらかな気持ちで…、日常の生活の中でそれを生かすようにしたいので「松静自然」を選んだとのこと。
 ブログ「郭林新気功の良さ全36篇」で郭林新気功をやっていた結果、心の制御ができるようになり、いろんな場面で役に立ったことを述べているマル夫としては大変うれしいお話です。
 

ミイさん(5年功)の「三心」が基本、郭林新気功の基本に戻って続けて行きたいので「信心 決心 恒心」を選んだ。
 気功をしたら気持ちが良い。というのも全く同感です。
 

 以上の5人の方は、会員が指導会場(教室)などを確保し、講師に来ていただくスタイルの自主運営型の新教室の立ち上げメンバーの方、
 郭林新気功の良さを強く感じて、引き続き郭林新気功を習う機会を持ちたいと思われたことと推測します。

  郭林新気功の教室が東京でも続いて行くことを願っていたマル夫としては、新教室立ち上げメンバーの方々に感謝するとともに、
 多くの方が新教室に入会され、新教室が発展することを祈念するものです。
 
 また、長年にわたり郭林新気功の良さを感じることができる三心会を築いてこられ、
 メンバーの方々が新教室立ち上げに向う際に強い影響力を与えただろう、
 Kazzy、たんぽぽ、まるこ、リク丸、P子、さまあ、ぱぴ子、Ted、の諸先生方とノースポールさんに感謝します。

 最後になりますが、新教室で指導に携わるウーさん先生、さまあ先生、ぱぴ子先生、よろしくお願い申し上げます。
(マル夫)

2025年12月22日月曜日

三心会最後の年功賞授賞式・懇親会での講師の声(諸講師)

リク丸先生が書かれた「三心会最後の年功賞授賞式(その1)」の末尾に「懇親会中の講師のお話などは別のいくつかのブログで示す予定です。」と書かれています。

既にP子先生、まるこ先生の書かれたブログが発行されていますが、以下にノースポールさんはじめ諸先生方の当日のお話などを記載します(マル夫が編集しました)。

記載順は当日、お話をされた順序に沿っています。
ウーさん先生が最後になっております。
最後まで読んで頂くようお願いします。
なお、当日最後にお話されたKazzy先生には個別のブログを書いていただく予定です。

また、当日、時間の関係でお話を手短にされた先生方など一部の先生方については、当日のお話にとらわれず、先生方の思いを述べて頂いています。


ノースポールさん:(長年にわたって三心会の受付係などを行ってきましたが)講師、会員さんも礼儀正しく、顔には出さない。
 特に会員さんは大変な方も多く、文句を言ってきてもよいのだが、そういうことはなかった。
 受付を辞めようと思っても講師の先生方のお顔を見るとやめられない、ということでもう相当な年月がたちました。
 やさしい皆様方に感謝です。


Ted先生:「尊敬は今までの自分に、あこがれはこれからの自分に」これは先日、糖尿病関連の番組中、アンナちゃんと元木の対談でアンナちゃんが言っていたこと。
 元木は生活習慣や食事を変えたのか、大変スリムになり、もちろん問題なし。
 一方、アンナちゃんは気になったが糖尿病の疑いなしとのこと。
(アンナちゃんとは父がプエルトリコにいた商社マンで元NHKのアナとのことです)

 この二人について『寛解』という言葉が使われていた。
 まさに現在の自分の状態と似ていると感じた。
(話の途中で急ぎ帰路につく方に時間を譲ったので以下は言えなかったが)三心会が閉会になっても自分で練功(Kazzy先生のいう養命功)を続けていきます。


しゅう先生:私はがんではなく、長野に住む父ががんに罹り、その付き添いとして三心会に参加していました。

 当時、私は板橋に住んでいました。毎週月曜日、病院での診察がおわると、父と母が長野から特急で上野駅に着きます。(まだ、新幹線は通っていませんでした。)
 迎えに出た私と、タクシーで私の家に来て、一晩泊まります。
 翌日、タクシーで早稲田の三心会に行きます。
 教室が終わると、そのまま、またタクシーで上野駅に向かい、長野へ帰るという生活をしていました。
 三心会に参加して、仲間といっしに練功すると、元気になります。
 でも、家に帰り、一人になると、気持ちもちょっと下向きになるのかもしれません。
 月曜日上京して、火曜日に三心会に行くと、また元気になる、というくりかえしでした。
 端からみていても、仲間の力が父に勇気を与えているのだなと、感じていました。

 そんな日々が半年ほど続きましたが、父のかかりつけ病院の診察日が火曜日に変わりました。
 父は、その治療を終えたら三心会に戻ってくるつもりだったかもしれませんが、残念ながらそれは叶いませんでした。
 私は、教わったことを父に伝えるために、父の代わりに三心会に出席していました。

 そんな中で、長野に教室があれば、そこで父は仲間と練功できると思いつきました。
 萬田代表には、1年以上反対されました。
 今思うと、代表ご夫妻が歩んできた苦労を、私に負わせたくないというお気持ちだったのだと思います。
 でも、当時は「父のために」しか頭にない私は、父の妹である叔母の助けを借り、猪突猛進しかありませんでした。
 しかし、長野に教室ができた時には、もう父はいませんでした。
 父には間に合いませんでしたが、父のように郭林新気功をやりたい人は必ずいるはず!
 こういった縁で父が亡くなった後、講師のお仲間に入れていただくことになりました。

 闘病経験のある講師の皆さんが育ってきたので、今は実技指導をしておりません。
 やはり、父に闘病仲間が必要だったように、三心会に不安な気持ちを抱えて訪れる人には、同じような体験をした講師が必要だと思うからです。
 その代わり、家族ががんになったときの家族の気持ちは良くわかります。
 もし、患者さんとは別の意味での不安を抱えた家族の方が必要とされるのなら、私でよろしければ、いつでもお話をうかがいます。  


(しゅう先生へ長年の戸隠合宿宿舎紹介などへの感謝を込めて:マル夫より)
 
 しゅう先生のお話の後にマル夫が発言を求めて、しゅう先生は最初の戸隠合宿の宿舎紹介以降長年に亘って戸隠合宿のために戸隠での旅館の調査、紹介などを行って下さった。
 大変、感謝していますなどと述べた。


さまあ先生:会員の皆さんのお話を聞かせて頂き、皆さんと同じ想いを私も持ってきたことを改めて感じ、教室の存在は私たちにとって大切な場であることを再認識しました。
 
 同じ難治性の希少がんでお元気になった、たんぽぽ先生やリク丸先生が教室にいて下さったことで私は最初から気功を信じ今まで続けることができました。
 今日、三心会最後の教室でリク丸先生の号令で自然行功ができて嬉しかったです。


ぱぴ子先生:必ず再発し治癒はないと言われている私が10年再発しないでここまで来れた。
 当初、私の頭の片隅には常に再発を繰り返す自分の姿があった。
 私なんて何の役にも立たない、迷惑をかけるだけの存在。
 ところがそこから一歩踏み出し講師になったことで、こんな自分でも誰かの役に立てるのだと思えた。
 講師になり心の持ちようが変わったことが、結果として私の病気に良い影響を与えてくれたのだと思う。
 これからも微力ながら皆様とご一緒に歩いて行こうと思っている。


なお、ここで、まるこ先生から、「さまあ先生やぱぴ子先生は、コロナ禍で郭林が終わるという時期にZOOMで指導を行うということをリードして頂いた。感謝している。」というお話がありました。


リク丸先生:受賞された皆さま、本当におめでとうございます!
 22年前にいただいた一年功のことを思い出しました。
 入会した時は一年先の事が思い描けず、不安な中ただ夢中で毎日早朝練功をしていました。
 その中での授賞式、仲間から「おめでとう」と拍手された時、温かさに包まれ一年間無事に過ごせたことに感謝しました。

 23年間続けてこられたのは、萬田ご夫妻、同じ痛みを知っている心温かな仲間、
病気を明るい気持ちで乗り越えてこられた諸先輩方のお陰だと感謝しています。
 郭林新気功に入っていなかったら、きっと会えることのない素晴らしい方々と会えて、楽しくご一緒に歩いてこれたことは私の宝物です。
 本当にありがとうございました!

 郭林新気功を始めたころは、やらなくてはとの想いで必死でしたが、今は「松静自然」「円、軟、遠」「呼吸」を大切にして、心穏やかに自然を感じ、溶け込むように心がけていると日々の練功が新鮮です。

 会員のみなさまにはこれからも長く続けて、気功の素晴らしさを感じて欲しいと思っています。 
  気功を武器としてご健康で過ごされることをお祈りしております。


ウーさん先生:40年近く前、武道の稽古で痛めた膝を手術した後、稽古ができない状態のときに、ある武道雑誌で、北京より高級気功師董伯進来るという記事をみて、郭林新気功の講座に参加し、そのまま日本における、教室の立ち上げに参加しました。

 董伯進老師夫妻の人柄にも魅せられ、郭林老師が伝統気功に歩くという要素などを取り入れ、抗がん気功として完成させたことに魅力を感じて、新気功の指導を続けています。

 郭林老師が指導を始めてから50年後の今も、郭林老師の唱えた、郭林新気功がん治療の三点原理は陳腐化していません。
 現在のがん治療のベースになる存在だと確信しています。

 自分自身でも毎日新鮮な気持ちで練功に取り組んでおり、自分が練功をし、その力、その効果を確信しているから、その火を消したくないと強く思っています。
 新しく立ち上がる教室でも、郭林の灯を消すことがないよう指導を続けることにしました。





2025年12月21日日曜日

離れても、心はいつもご一緒に(まるこ)

 

12月9日、最後に会員の皆さまからいただいたバラやカーネーション等、色とりどりの花たちが、今も私の心をぽかぽかと温かくしてくれてます


受賞された皆さまにハガキ書をお渡した時、間近でお顔を拝見して、皆さま本当にお肌がつやつやで美しかったです~あの書が皆さまの明日への一歩になればとってもとっても嬉しいなぁ

郭林新気功を知って28年
入会から3、4年経った頃から講師を始めた私です

辛い重い気もちでみえた会員さん達に、帰られる時はホッとした柔らかいお顔になっていただけるよう、笑顔のほっこりしたお教室を目指して走り続けた日々でした

ここまで続けられたのは、同じごろ講師を始められたkazzyさん、たんぽぽさんをはじめ、お教室に関わってくださったすべての皆さまのおかげです
本当にありがとうございました

代表の紀子先生は「心が明るい状態であると、気もちよく練功ができ、効果がぐんと上がってくるのです」
とおっしゃっています

また先日、京都教室で号令の話が出た時に気功歴十数年の方が
「私にとってのシシフーの号令は萬田先生」と……
最初頃に繰り返し聞いた号令は、年月を経ても皆さまのお心に残っているのですね
元代表の靖武先生の号令は私にとっても懐かしく、その話を伺って私にも靖武先生の「シシフーシシフー」のお声が聞こえたような気がしました

そういえば、先生は
「生活全般を大きな気功と考えて、トイレや新聞を取りに行く時も手をつけずシシフーシシフーで」
と話されていたことを思いだしました
萬田ご夫妻、そして三心会の土台を支えて下さった亜沙子さんには、感謝の気もちでいっぱいです

1月からは自主運営教室が立ち上がりますね。
紀子先生はもちろん、靖武先生も天国でさぞ喜んでおられることと思います

また、公園気功などでお会いする機会があれば、いっぱいおしゃべりいたしましょう
皆々さま、毎日シシフーシシフーで、どうぞいついつまでも
お元気で!
(まるこ)

2025年12月18日木曜日

三心会最後の年功賞授賞式(その2)(リク丸)

 三心会最後の年功賞授賞式(その1)では、懇親会までご報告いたしました。
(その2)では【交流会】についてご報告いたします。

なお、懇親会での先生方のお話は別のブログとし、すでにP子先生のブログがアップされています。
その他の先生方のお話なども今後順次、アップされる予定です。

【交流会】
交流会は会員さんの主催。
まゆまゆさんの司会で16時頃から始まりました。
みんなで輪になり、戸隠合宿で歌った「翼をください」、「見上げてごらん夜の星を」を、リリーwさんの指揮のもと、みんなで歌い、振付部長さんの動きに合わせた振りをしたり、腕を組んだりして、会場が笑顔で一つになり本当に楽しいひと時でした。

Kazzy先生の素敵な歌声も聞こえてきました。


次にニックタンさんが持参されたギターで懐かしい「サボテンの花」「ノーノーボーイ」の弾き語り。
「イパネマの娘」は演奏。
会場からは自然と手拍子が入り一体となり、ニックタンさんの渋い声にうっとり!

近くで生のギターの弾き語りを聴くのは初めてで、幸せな気持ちになりました。

 *ニックタンさんがKazzy先生に次のようなお礼の言葉をおっしゃいました。

「コロナ禍のさなかに重症になって、病室で寝ているといろいろ悪いことなどが浮かんできて気分が滅入っていた時、Kazzy先生がジャズのCDを沢山貸してくださいました。
それを聴いていたおかげで健康が回復しジャズも好きになりました。
Kazzy先生の優しい思いやりの心で救われました。
ありがとうございました。」


最後にサプライズで会員の方から講師全員に心のこもったすてきな花束をいただきました。

男性軍を始め皆さん、嬉しさと戸惑いと照れた表情をされていました。
花束を抱えてみんなで笑顔の記念撮影。

そのあと、園遊会のように講師が一列に並び、会員の方が回って順番に一人ずつとお話、握手タイム。
会場内は明るいお喋りの輪が広がりました。

照れてしまいましたが、お礼などを言える機会ができて嬉しかったです。

Kazzy先生の三三七拍子でお教室は最後となりましたが、タイミングなどが合わず最後は笑い声に包まれて16時50分頃和やかに終わりました。
そのあと、みんなでお片付け。


最後のお教室で寂しい気持ちでしたが、会が進む内に笑顔、笑い声、

また、来年から立ち上がる自主運営教室に皆さん参加されるとの事で、郭林の火は消えず新しい体制で引き継がれ前に進んで行く、希望を胸に明るい忘れられない会となりました。


また、皆さんのお話を聞いて、中国ツアー、合宿、コロナ禍でのZOOMなど郭林新気功の39年(1986年8月16日発足)の歴史に想いを馳せる事ができました。


萬田先生ご夫妻、会員の皆さま、本当にありがとうございました。
感謝で一杯です。

また、自主運営教室を立ち上げてくださった皆さま、大変なご苦労だったと思います。
感謝申し上げます。

皆さま、これからも歩いていきましょ~😊
(リク丸)

2025年12月17日水曜日

三心会最後の年功賞授賞式に参加して(P子)

 講師のP子です。
このたびは受賞者の皆様方、おめでとうございます。
懇親会で皆様方のお話などを伺い、私自身の入会当初のころなどを思い出して話させて頂きました。
以下は私の話を主にまとめたものです。


郭林に入会していなければただの平凡な主婦だったと思います。
子宮がん、乳がんとなり、「何とかしなくては。」と思っていた時に中国から抗がん気功の先生が来日するというチラシを見て郭林新気功の講演会に参加して入会しました。
 (入会は1994年です)

三心会は毎週火曜日、月4回で3か月は前納。
1回分は3000円でした。
入院以外は繰越にはなりませんでした。
休むなんて無駄なことはできません。
初めの3~4年はほとんど休まずに通いました。
一つの功法を習得すると次の功法へ進むのが楽しみでした。

教室にはK丸先生がいらして「あなたは毎日気功を何時間やってますか?」と行く度に聞かれました。

あるとき萬田靖武代表との面談がありました。
その時同じように「あなたは毎日、何時間気功をやっていますか。」と聞かれました。
「3時間も毎日はできません。」と答えたら
「気功をやってその後の休息の時間を入れての気功時間ですよ。」と言われて、
気功をやった時間+お休み時間=気功時間 
そうなのかとホッとし、家に帰って主人に話すと
「君は、パートに出たつもりで午前中は気功をすればいいではないか」
と言われて午前中は全部気功の時間になりました。

こうすることにより健康を回復してきたと思っています。

入会してから31年たつ現在は年相応に体にも問題があるところもありますが、がんで悪いところはありませんし、元気に毎日シシフーしています。

 こんなに元気になり、又気持ちも上向きになり多くの気功仲間が出来、郭林新気功には感謝しかありません。


このたび自主運営教室を立ち上げてくださる皆様方にはありがとうございます。

皆様方全員が毎日練功できるようになり、よりお元気になられることを願っております。
(P子)