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2019年12月14日土曜日

『気場』について(萬田靖武)(三心についてマル夫補注)


 12月10日の三心会報告で、気場の高まり、『気場』の大切さ、などと書きました。
 Kazzy先生が記録されてきた「三心だより」から、『気場』について萬田前代表が書かれたものを以下に紹介します(マル夫)
 なお、初心の方のため、『三心』についてマル夫が大雑把な説明(補注)を追加。

*郭林新気功の三大要素(2016/12の三心だよりから)
 郭林新気功の最も重要なポイント、その成果を左右する要素は『三心』『練功』『気場』です。

 郭林女史が提唱した『三心』(信心、決心、恒心)は女史が自らの進行癌を克服したあとに、指導した6万人の人々の生死を分けたものとして見つけ出した重大事です。それはまた私達の「生きる心」そのものと言えましょう。
 <マル夫補注:信心、決心、恒心をごく簡単にいうと以下の意味です。>
  信心:郭林新気功の効果を信じること。
  決心:効果を得るために必要不可欠な『毎日練功』しようと強く決心すること。
  恒心:『毎日練功』を根気よく続けること。

 そして第2のポイントが日々の『練功』です。毎日の練功の中にこそ私達の息吹があります。身体と心にリラックスを実現させながら日々の歩みを大切にしたいものです。

 第3のポイント『気場』は具体的には教室であり、また練功する場でもあります。健康と幸せと言う同じ方向を目指す人々の連帯の場には有形無形の強力な影響力があることは、中国の例を見ても明らかです。私達は積極的に参加して、この場を更に強化して行きましょう。
  (萬田靖武)

*郭林新気功で効果を出すには?④(2013/12の三心だよりから)
 気場を高めよう
 中国では、170万人からの人が郭林新気功に取り組み、その7割が癌症者と言われており、日本では及ぶべくのない実績を上げています。 その決定的な差は、”気場”にあります。
 例えば、北京では毎朝ハー湖のほとりに行けば、同じ志を持つ大勢の人が郭林新気功をしています。 先生も沢山います。

 そこでは後ろ向きの情報交換は避け、前向きの情報交換をしています。 人は一人になると弱いものです。 しかし、同じ目的を持つ人々や先生たちがその画期的な実績を支えていることは間違いありません。
 このような場を気場と言うのです。 日本での気場は、三心会や康復会、各地区の教室ですが、貴重なこの気場をみんなで大切にして、ひとりでは達成出来ない大きな喜びを達成しましょう。
 (萬田靖武)


2018年10月15日月曜日

『気場』について(萬田靖武)


10月9日の三心会報告で「気場の高まり」などと書きました。
Kazzy先生が長年テキスト版で記録されてきた「三心だより」から、『気場』について萬田前代表が書かれたものを以下に紹介します(マル夫)

*郭林新気功の三大要素(2016/12の三心だよりから)
 郭林新気功の最も重要なポイント、その成果を左右する要素は『三心』、『練功』、『気場』です。

 郭林女史が提唱した『三心』(決心、信心、恒心)は女史が自らの進行癌を克服したあとに、指導した6万人の人々の生死を分けたものとして見つけ出した重大事です。それはまた私達の「生きる心」そのものと言えましょう。

 そして第2のポイントが日々の『練功』です。毎日の練功の中にこそ私達の息吹があります。身体と心にリラックスを実現させながら日々の歩みを大切にしたいものです。

 第3のポイント『気場』は具体的には教室であり、また練功する場でもあります。健康と幸せと言う同じ方向を目指す人々の連帯の場には有形無形の強力な影響力があることは、中国の例を見ても明らかです。私達は積極的に参加して、この場を更に強化して行きましょう。
  (萬田靖武)

*郭林新気功で効果を出すには?④(2013/12の三心だよりから)
 気場を高めよう!
 中国では、170万人からの人が郭林新気功に取り組み、その7割が癌症者と言われており、日本では及ぶべくのない実績を上げています。 その決定的な差は、”気場”にあります。
 例えば、北京では毎朝ハー湖のほとりに行けば、同じ志を持つ大勢の人が郭林新気功をしています。 先生も沢山います。

 そこでは後ろ向きの情報交換は避け、前向きの情報交換をしています。 人は一人になると弱いものです。 しかし、同じ目的を持つ人々や先生たちがその画期的な実績を支えていることは間違いありません。
 このような場を気場と言うのです。 日本での気場は、三心会や康復会、各地区の教室ですが、貴重なこの気場をみんなで大切にして、ひとりでは達成出来ない大きな喜びを達成しましょう。
 (萬田靖武)


2018年8月28日火曜日

郭林先生 生誕100年について(続き)(萬田靖武)

                  萬田前代表語録(2)
    (注記)この前編は、萬田前代表語録(1)にありますので、初めて読まれる方は(1)を読んでからにしてください。


 私たちは当初中国の董伯進先生から6年間に亘り郭林新気功を教わりました。
 その董伯進先生は、以前直腸癌に罹り、郭林先生に新気功を習いました。
 しかし、簡単な呼吸をして歩いて癌に効果があるとは、今ひとつ本気に信じられず、教室にも来たり来なかったり、日常やったり休んだりでした。

 そうしたら肝臓に転移して、医師からあと1年と言われてしまいました。董伯進先生はあわてて郭林先生のところに駆け込みました。

 「先生、私は医者にあと1年と言われたのです。郭林新気功をやっていたのに。郭林新気功で多くの人が良くなったのは知っています。しかし、私が死ぬのでは全く意味がないのですよ。まだ私が教わっていない効果のある功法があるのではないですか。それを教えて下さい。私を助けて下さい。」

 しかし、郭林先生は「貴方みたいないい加減な人は私は知らない。気功など止めてしまいなさい。」と怒鳴りつけたのです。董伯進先生は腰が抜ける思いでした。 

 しかし、董伯進先生は次の日から一日3時間気功を始めたのです。3ヶ月もすると食欲が出てきたので一日4時間やりました。そして6ヵ月後、癌は半分になったのです。
 董伯進先生は気を緩めず一日6時間やりました。勿論休息時間を含めてのことです。そして、1年後癌はきれいに消えてしまったのです。そうすると郭林先生のあの無情な言葉は何だったのでしょう。

 あの言葉がなければ董伯進先生は死んでいたのかも知れません。あの一言は董伯進先生の命を救う愛の鞭になったのです。一見無情な言葉は董伯進先生の三心を見事に立て直すものでした。
 郭林先生はそんなすごい事が出来たのです。
   (萬田靖武)

2018年6月24日日曜日

郭林先生 生誕100年について(萬田靖武)



郭林先生 生誕100年について
       郭林新気功協会  前代表 萬田靖武



         
  (2010年の 三心会 会報 (ホームページの記録)から抜粋)


 2010年は、郭林先生生誕100年にあたり、北京抗癌楽園では盛大な記念行事が行われました。 ここで、郭林先生について数回に亘り書いてみたいと思います。

 郭林先生は気功の天才教育を受けた大気功家でしたが、癌にかかり6回の手術の末に、あと数ヶ月と言うところに追い込まれました。 郭林先生はそれまでの気功に無力を感じて、西洋医学の本から、苦労して「癌は酸素に弱い」と言うことを見つけました。

 そして、中国に伝わる220もの呼吸法の中から「風呼吸」と言う酸素を沢山吸う呼吸法を見つけたのです。

 しかしこの「風呼吸」は危険な呼吸法と言われ、使ってはいけないとされていました。 郭林先生は、これを使って血を吐いたり、心臓を悪くしたり、散々な目に遭いました。 

 しかし、苦労を重ねてこれを安全なものにして、癌だけを殺し、健康な細胞は逆に活性化する3つの安全策を打ち立てたのです。
 その3つの安全策とは、
 ① 静かに優しく呼吸すること。
 ② 歩きながら呼吸すること。
 ③ 休みを重視すること。
と言う気功の手順を採用することでした。

 こうして郭林先生は、自らの重篤な進行癌を克服し、人間全てに生まれた時から本来備わっている自然治癒力を覚醒させて、自分の力で癌を克服する郭林新気功を創り上げたのです。

しかし、郭林先生が人を深く感動させるのは、自ら癌を克服した経験を、同じ癌で悩む人々に伝え分かち合う使命感と強い愛の心でした。

 この心が多くの人に染みとおり、人から人に伝えられて国境を越え、日本の講師の皆さんにも脈々と受け継がれているのです。 

 私達が最初に郭林新気功を習った中国の特級気功師具本芸先生は新劇の女優でしたが、手遅れの乳癌になりました。

 彼女はある日公園で絶望した放心状態で歌曲「花売り娘」を何度も歌っていました。 と突然「娘さん、あなたの歌声はとても魅力的です。」と声を掛けられました。 

「でも、これ以上歌い続けてはいけませんよ。」 具本芸さんは反発してますます大きな声で歌いました。 声を掛けた老婦人は怒りました。

 「あなたの生命力はもう傷付いているのに、これ以上その様に歌い続けたければ、あなたの命はありませんよ。」 彼女は思わず歌うのを止めると、老婦人がつぶやいていました。

 「私には分かりますよ。 あなたは乳腺癌に罹っています。 私たち二人は縁があるのですから、私について癌を治す気功を習いなさいよ。」 具本芸さんはびっくりすると共に、感動して試してみようかなと言う気になり、老婦人の家についてゆきました。 

この老婦人が郭林先生だったのです。 郭林先生は身寄りも行きところも失っていた具本芸さんに、食べ物や着るものを与え、家で世話して、自分で創りだした新しい気功を教えたのです。

 具本芸さんは命懸けでこれに取り組み、、奇跡的に回復してゆきました。 このように死の淵にいた具本芸さんは癌を見事に克服して、郭林先生の直弟子となったのです。

 このように郭林先生から生きる希望を貰い、気功を教わって、癌を克服した人達は、自らの力で病気と闘う郭林先生の精神を、しっかりと受け継いでいったのです。

 郭林先生の同病の人たちへの深い愛と共に、郭林新気功は大きく広がって行ったのです。

                     (萬田靖武)