2024年12月3日火曜日

郭林新気功の良さ(その22)第3期講師養成講座受講以降その1(マル夫)

 
 第3期講師養成講座が2017年夏ごろから午後に十数回の講座で始まることを知り、フルタイム勤務だったので所長に講座出席のため午後休暇の取得をお願いし、了解された。

 なお、当時の勤務状況から三心会の講師になることは無理と考えていたが、
 前回書いたように少なくとも自然行功を人に(特に身内、知人に)教えることができるようになりたかったので受講した。

 この講座では毎回それぞれの担当講師から「郭林新気功の原理原則と心構え」、「指導に当たっての心構え」、実技「予備功、収功、体操」、「風呼吸自然行功」などの講習があった。

 郭林新気功の原理原則などについては『郭林新気功』(癌と慢性病患者のための自習テキスト)を読んでおり、かなり理解していたが、人に教えるという観点で読んだことはなかった。

 人に教えるためには何も知らない方に初歩から説明できなくてはならず、基本的なところから分かっている必要があり、改めて考え直す機会を得た。

 「予備功、収功」や「風呼吸自然行功」の実技ではこれを一段と感じた。
 講師からの功法の要点、効果、注意点などの説明や実演で、長年の習慣で何気なく行っていたこともいろいろ修正、再考する必要を感じ、自ら直すとともに人にどう伝えるかも難しいと感じた。

 今回、人に教えるという観点での講義を受けて、教えようとすることは学ぶことということを痛感した。
 また、郭林新気功は指導法までそろっているということも理解できた。

「郭林新気功の良さ」(その22)
 三心を樹立し鍛錬を続けるための指導法まで揃っているのが郭林新気功の良さと思う。
(その22)完、次回へ続く(マル夫)

2024年12月1日日曜日

三心だより2024年12月号

 
三心だより2024年(令和6年)12月号

1・5年功を受賞され一言メッセージを寄せられたみなさま
 10年功のぱぴ子さん  ありがとうございました。
題字 編集部 しゅう

追記:字が読みにくい場合は、お手元で拡大したり縦横を変えるなどしてください。

スマホで見る場合(モバイル版)では12月号の画面をタップ(叩く)などして画面を大きくするとお手元で拡大できます。        (P子)




2024年11月30日土曜日

郭林新気功の良さ:自然行功を人に教えることを目指す(マル夫)


 前回も述べたように60歳以後も毎年の戸隠合宿には参加し、全員での自然行功も毎回参加していた。
 その場では他の参加者と比べて、私の自然行功は相当、自己流であると感じていた。

 例示すれば、手の振り位置が高い、目をつむり時々目を開けて自然行功するなど、
 とはいえ、身体から力が抜けて楽しく行っていたので違いがあっても構わないと思っていた。


 この考えを改める事態が生じたのは、確か、2016年の秋、遠方に住む弟から「腎臓がんの疑いで精密検査を受けること」を電話で聞いたこと。

 2016年の春に『がんに克つ私の体験』を読んで郭林新気功の効果を一段と確信していた私は、弟ががんでその症状も悪ければ弟に自然行功だけでも教えなければ、と思ったが、
 私の自然行功は自己流のため人に教えるには不適切と考えた。 


 そこで萬田紀子代表にお願いして三心会で自然行功の行い方を学び直すこととし、何回か参加させて頂いた。

 色々、問題点を指摘されて直さねばと思ったが、弟から「片方の腎臓は摘出したがもう一方は全く問題なく、がんは心配しなくてよいことになった」と聞いたので学び直しは中断した。

 ただ、ここで第3回講師養成講座が2017年から始まるというお話を伺い、その後に繋がった。
今回完、次回へ続く(マル夫)


2024年11月28日木曜日

郭林新気功の良さ(その21)体験談集『がんに克つ私の体験』について(マル夫)


 60歳以後もフルタイムで仕事をしていたが、実力に伴って多忙さは解消してきたので毎年の戸隠合宿には参加できていた。

 そんな中、2015年(66歳)の秋の戸隠合宿でTedさんたちから郭林新気功協会創立30周年を記念した体験談作りを三心会有志で行うため、投稿の協力をお願いされた。

 「郭林新気功の良さ」(その19)(11月14日付けブログ)でも一端を述べているが、萬田代表ご夫妻をはじめ講師の方々にも大変お世話になってきた私は「66歳の今も現役生活」という投稿をした。


 表紙に萬田代表ご夫妻の写真付きの『がんに克つ私の体験』が確か翌年(2016年)の春に送られてきた。
 表紙をめくると萬田紀子代表の「創立30周年に当たって」という感動的な巻頭言、「日本における郭林新気功のあゆみ」という年表に続いて、59人の会員、講師10人の体験談が記載されていた。

(萬田代表ご夫妻:表紙の写真とは異なります)


 皆さんの体験談には、総じて「自分の力でがんを克服していこうとする前向きな精神」があふれていた。
 病歴や入会時期、練功の実践の違いなどによって回復や体調の差はあるものの、練功を続けることで良い結果を出している方が多いことを知り大変有意義だった。


「郭林新気功の良さ」(その21)

 多数の方々の体験談を読んで、郭林新気功は『自分の力でがんを克服していこうとする前向きな精神(伊丹先生)』を培うとともに、信心、決心、恒心という三心を樹立し、練功を続けることで結果が出せることが再確認できた。
(その21)完、次回へ続く(マル夫)

2024年11月26日火曜日

郭林新気功の良さ(その20)63歳の夏に富士山に登る(マル夫)

 一方、60歳以後の記憶に残る良い出来事は、63歳(2012年)の夏に富士山の山頂まで登れたこと。
 私は、それまで2千mを超える山に登ったことはなかった。

 知人が「富士山に登る会」を結成したが、当時は治療が必要スレスレの貧血状態で、3千mを越える高地で大丈夫かと入会をためらっていたが、別の友人からも加入を強く勧められたので入会した。

 足柄山、箱根の連山などでのリハーサルも無事こなして本番の富士山に登ってみると高山病にもならず、普通に山頂まで登れた。
 むしろ40前の健康そうな仲間の方が高山病スレスレで酸素補給品の世話になり、心配・心配と言っていた私が元気なのに仲間から大変驚かれたことを覚えている。

 半年前から登山に向けて休日には必ず毎朝3時間の自然行功をしており、歩数では1万2千歩ほどか?約10kmこれだけで歩いていたこともあり、普段の自然行功の力は大きいと実感した。

 また、自然行功でなく普通に10kmも歩くと疲れるのだが、休息もきちんととって自然行功をすると充電されるように感じて、疲れるというより体力が増強される感じ。
 これは、郭林新気功協会に加入して土日に3時間の自然行功をしていたころから感じていたこと。
 なぜか?は分からなかったが、

「郭林新気功の良さ」(その20)
 郭林先生は自書で郭林新気功療法の長所の第二に病を退け、身体そのものを強くすること言っている。
 このことは(その15)でも述べたが、自然行功で練功することにより、特別な体力増強効果が得られるのだろうというのを再び体感した。
(その20)完、次回(その21)へ続く(マル夫)

2024年11月23日土曜日

郭林新気功の良さ:19年ぶりに腸閉塞で緊急入院(マル夫)


 前述のように定年前から特許事務所に入り、定年後も働いていた。
 しかし、61歳(2010年)の秋には19年ぶりに再び腸閉塞になり緊急入院した。


 腸閉塞という言葉を忘れていた私には衝撃であった。
 当時、特許事務所での多忙な業務で疲れており、加えて1日1万歩以外歩く以外は休みの日も気功をさぼるような状態であり、
 かぜをひいていたので元気を出そうと消化の悪いキムチ鍋をたらふく食べたことが直接の原因であった。


 この時は、腹痛と言ったので救急車で内科の救急担当の老健病院に深夜に運ばれた。
 担当医は早朝来て腸閉塞の管を腸にいれたが、管の扱いも良く知らない雰囲気だった。

 通常、管を入れると、すぐに腸内の滞留物が管から出てきて楽になるが、そうはならず、腹痛が断続的に続き、その日の夜8時には38度の熱がでて、口から内容物をはくと言う状態。
 医師からは痛み止めの処方を勧められたが断った。

 
 このままでは殺されると危険を感じて、消灯前に婦長に「専門病院へ転院したい」と言うとその方がいいとのこと。

 明朝すぐに院長に転院のお願いをしたところ、近くの大学病院が高額な個室なら空いているとのことで、管を入れたまま転院させて頂いた。


 大学病院で検査を受けた際に管の入れ場所を間違えているという医師の小声も聞こえた。
 管を入れ直すとすぐに腸内の滞留物が管から出てきた。
 腸閉塞の救急外来は内科ではまずいと思った。
 油断大敵と思った。また、このことで国内外の旅行場所などにも注意することとなった。 


 その後の4年間で新たに2回も腸閉塞で入院しており、前述の処置のダメージが残ったのか、あるいは、歳のせいで腸の余力が減ってきたのか、とも思っている。


 腸閉塞での入院は突然のことで所長に大変な迷惑をかけた。
 次に腸閉塞で入院したら辞職せねばと強く思って色々注意した結果、その後は入院しなかったが、一昨年、73歳の秋に入院寸前となり、結局一昨年の年末に退職した。
 完、次回(その20)へ続く(マル夫)

2024年11月15日金曜日

令和6年の三心会年功賞授与式・懇親会(マル夫)

 
11月12日(火)、前日までの寒い曇天とは一転した快晴の朝に続く暖かさのもと、
今年度の三心会授賞式・懇親会が、西新橋:銀の鈴・6階で13時15分から進行係リク丸講師のお話でスタート。 

 ウーさん講師の体操、自然行功の後、気化(休息)を十分に行い、授賞式となった。

 会場は靴を脱いで杉の床に上がるため、すがすがしい気分になることができ、休息時にマットなどを敷いて横になれるのも良くて大勢の方がそうしていた。
 マル夫も同様にして深いリラックスが得られた。

いずれもまるこ講師の書:右側の掛け軸は「満堂の和気、嘉祥を生ず」と読む

<授賞式>

 年功賞の対象者は下記(敬称略)
 萬田紀子代表名の賞状をKazzy講師が読み上げて受賞者の一人、ひとりに手渡した。

1年功: まめはち、senaka、AY、マミ、ディル、AN。
5年功: HY、みゅう。
10年功:ぱぴ子。
30年功:P子。    

  また、受賞者には、賞状と共に夫々の方が希望された文言が書かれたはがきや色紙と、お祝いの低温熟成ご飯(銀の鈴販売)が渡された。

 さまあ講師が順々に記念写真を撮る際に、外したマスクから見えた受賞者の嬉しそうな笑顔が印象的だった。


受賞者の希望した文言が書かれたはがき、色紙

 <懇親会> 

 上記の受賞者中の出席者4人の他に、昨年3年功を受けたミイさん、1年功を受けたまゆまゆさん、リリーwさん、最近再入会されたTMさん、最近入会されたのいちゃん、MAさんに加えノースポールさん(萬田紀子代表の娘さん)と講師ら6人の計17人が車座になり、14時10分からスタートした。


 司会のまるこ講師が参加できなかった方々の伝言をお伝えした後、掛け軸「満堂の和気、嘉祥を生ず(和やかな空気が部屋一杯に満ちてみんなが幸せな気持ちになれる)」の説明をしてから、くつろいだ雰囲気で始まった。

 まず受賞者からのお話を、希望した文言などとも関連付けて伺った。

 1年功のANさんは「手放す」を、ディルさんは「天上凱風」を希望しており、ご自身の色々な思いなどを語った。

 また、お二人とも最近転んだことがあるとのことで、他の参加者からも、私も・・・というコメントが相次ぎ、転倒注意で盛り上がった。


 10年功のぱぴ子講師は、入会2か月後の年功賞授与式に出て共感してもらえたことを昨日のように覚えているということから始まり、
「決心、信心、恒心」を希望したいきさつや、先輩さまあ講師へ10年続いたことへの感謝などを述べた。


 「縁」を希望した30年功のP子講師は、新聞のチラシで「縁」あって郭林新気功に出会い、自分でがんを治すことにひかれたこと、
良い仲間と出会ったおかげで(縁があって)三心だよりに携わることができて、気が付くと三心会を30年も続ける事ができた、
30年と聞くと永いと思うけど30年はあっという間でした、などと述べた。

 その後、1年功、3年功の会員さんからも「自然を感じることができてピクニック気分で気功している」、「気功を続けていかなければ」などの声が次々と上がり、
講師からも「一つ一つの動作、特に収功を丁寧にしましょう」などのアドバイスがあった。

 最後に一昨年30年功賞を受けられた86歳のKazzy講師が、「30年以上も続けられたのは会員さんがいらして講師をすることができたから、
そして今は養命功としてほぼ毎日、2時間ほど早朝練功をしており、この年まで元気でいられるのは気功のおかげ。
気功は人生を豊かにするためにするのですよ。」と締めくくり、まさに「満堂の和気、嘉祥を生じて」懇親会を終えることができた。
(マル夫)